捨てにくいモノは、どんどん溜まる
コピーライターには情報を整理する力が必要だというが、わたしの部屋は散らかっている。
なかなかモノを捨てられず、部屋が片付かないことが長年の悩みだったが、あるきっかけで知ったワザによって、室内は見違えるほど美しくなった。来客に「きれい好きですね」などと言われるたびに、まんざらでもない顔をしているが、じっさい、わたしは筋金入りの“捨てられない人”であった。
たとえば、息子がまだ幼かったころにつくった工作や絵。クレヨンでぐちゃぐちゃに描きなぐったようなもので、親以外が見て何の価値もないが、「父の日 おとうさんありがとう」なぞと書かれてあったら、自分にとっては国宝級だと思う。捨てられない。
たとえば、20代の頃に古着にハマってせっせと買い集めていたビンテージ衣料。なけなしの給料をはたいて買った愛すべきオールドデニムたちは体型が変わってもう穿けない。穿けないのなら、さっさと処分すればよいのだけれど、コレクターの往生際の悪さで「もう少し痩せれば穿ける」と思い、タンスの奥にしまい込んでいる。
大掃除の折に、その抽斗を開けて落ち込む。そして「来年こそは、痩せるんでヨロシク!」と、誰も聞いてないと思って、毎年いいかげんな約束をして守らない。捨てられない。
友人とお互いの誕生日に、ハイブロウなプレゼントを送り合うという遊びをしていたことがある。近ごろ体調が思わしくないと嘆く彼の誕生日にわたしはデカい聴診器を送りつけた。それは、心配からの気持ちではなかった。すると、彼はわたしの誕生日に職人が熱心に編み上げたヌメ革の鞭を贈ってきた。しなやかで、とてもいい革が使われていた。丁寧な仕事だな、ってことが一目でわかる逸品だったが、まったく使い道がわからなかった。しょうがないので、なんとなく寝室に置いておいたら妻に訝しい目で見られた。
翌年、わたしは彼に巨大なロブスターの置物を贈った。重さが2キロぐらいあって、目を刺すほどに赤く、たとえばそれをリビングに飾ると、すべてのインテリアを台なしにする破壊力を秘めていた。
返礼品としては、『王貞治』と彫られた木製の表札が贈られてきた。
わたしの姓は王にあらず、名は貞治にあらず。ということはつまり、悪ふざけだなと思った。『これからの人生が幸せに溢れるように』とハートフルなメッセージカードが添えられていたが、王貞治との関連性は不明だった。
3年ぐらいやり合って、誰も何も得をしないのでやめた。わたしの家に、ただゴミだけが残った。
捨てられないなら、「封印」せよ!
このように、様々な事情でもってモノは増え続ける。どうすればいいのだろうか。わたしはこのまま不必要なモノと珍妙なアイテムに囲まれて絶命するのだろうか。そのように懊悩し、ネットを検索していたら、福音のような記事をみつけた。
20年以上にわたり6,000件以上の家を片付けてきたという片づけのプロであり、『家じゅうの「めんどくさい」をなくす。──いちばんシンプルな「片づけ」のルール』という本の著者でもあるseaさんはこのように語る。
“ まずは『使うモノ』と『使わないモノ』を分けましょう。そのときにルールがあります。『考える時間は5秒まで』。5秒以上迷うものはすべて『迷うモノ』として残してOK。捨てなくても大丈夫です ”
そうすると、片づける人はプレッシャーから解放され、整理する手が一気に進むという。5秒というルールをもうけることで片づけ作業がサクサクと進みそうだ。
“ モノに対する愛着は人それぞれ。思い出がよぎったり、もったいないと思ったり、迷う理由は様々。そういうものを無理に手放すと、胸が痛んで作業が止まり、片づけようという気持ちもストップしてしまうんです ”
そうそう、そうなんですよseaさんと膝を打った。
手放しがたい持ちものは、たとえそれが人にしょうもないものだと判断されようとも、そのときの自分の衝動や思い入れや偶然によって舞い込んできたという物語を内包しており、それはただの物質とは異なるのです。だから、捨てられないんです。さらに彼女は重要なヒントをくれた。
“ 使わないけど、捨てられないモノは、いったん『迷うモノ』として分けてください。捨てることにはこだわらず、「圧縮して邪魔にならない場所にしまう」ことを提案しています。私はこのワザを『封印』と呼んでいます ”
封印……わたしの大切なものがなにやらエクソシストの如き言われようだが、このワザがなかなかに効果的であり、封印したアイテムを目に付かないところに置き、しばらく放置。長時間 “寝かせて”おくことで、憑き物が落ちたようにモノへの執着が薄れ、後に封印を解いたときには『うん。捨てちゃって』という気持ちになれるのだという。ホンマか。
かくしてわたしはそのアドバイスを実践に移すことにしたのだった。
手放すには惜しい。捨てるには未練が残る。家中に散らばるそんなアイテムを、いくつかの段ボール箱にぐんぐんに押し込み、封をしてマジックでこう書いた。
『忍びない箱』。
そしてそれらを薄暗い屋根裏にそっとしまった。次に箱を開けるのはいつだろう。数ヶ月後か、数年後か。そのとき、どんな気持ちになるのかはわからない。ただちょっとだけ、部屋がすっきりとしたことは事実である。
※こちらの記事の内容は原稿作成時のものです。
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この記事を書いた人
ライター・クリエイティブディレクター。1974年兵庫県生まれ。古着・ガラクタ好き。都内広告制作プロダクション勤務を経て2013年に独立。リクルート『SUUMO』メディアにおける大手不動産会社のクリエイティブをはじめ、幅広いジャンルのライティングを手がける。コメダ珈琲に行くとだいたい居ます。